在日ミャンマー人が政府援助を訴え

日本で暮らすミャンマー人のネットワーク「在日ミャンマー市民協会」の代表を務めるタンスエ氏(59)がUnfilteredのインタビューに応じた。

タンスエ氏は1961年ビルマ(当時)生まれ。大学で地質学を教えながら民主化運動に携わり、86に来日。96年に難民認定を受けた。新宿区高田馬場でミャンマー料理店「スゥイ ミャンマー」を経営している。

タンスエ氏は「アウンサンスーチーさんの居所は不明で連絡も取れない。健康状態が心配だ。市民の犠牲者は日本で報道されている人数を大きく上回るはずだ。軍に拘束されたまま行方不明になっている人もかなりいる。国際社会は軍政を絶対に承認せず、圧力を強めてほしい」と語っている。

いま、日本で伝えたいことは。

「重装備の軍が非武装の市民を襲っているという事態を直視してほしい。日本の報道は市民を襲っている連中のことを『治安部隊』と伝えているが、間違いだ。軍の部隊だ。機関銃まで使っているという情報もある。地方都市では、市民が殺害されその遺体が軍によって焼かれるという事態さえ起きた。死傷者は5~600人といわれるが、実際の犠牲者の数はもう分からなくなっている。」

「ミャンマー国民は絶対に抵抗をやめない。ただ、心配なのは、このままだと内戦に陥る可能性があることだ。シリアのような状況になることは必ず避けなければならない。」

在日ミャンマー市民協会は日本政府にも働きかけを行っている。

「クーデター後、2020年の総選挙で選ばれた国会議員によって連邦議会代表委員会(CRPH)が設立された。日本政府は軍政ではなく、CRPHをミャンマーの政府として認めるべきだ」

「日本政府には在日ミャンマー人の保護も求めている。留学生らは日本の教育機関を卒業したとしても、いま帰国すれば身に危険が及ぶ。米国はすでにすべての在米ミャンマー人に人道的な見地から18カ月の『一時保護資格』を与えた。日本政府も米国と同様の資格を在日ミャンマー人に与えてほしい」

国軍はなぜクーデターを起こしたのか。

「国軍は国内のさまざまな利権を握ってきた。しかし20年の総選挙で国民民主連盟(NLD)が勝利して、利権が奪われる可能性があると危機感を持ったのだろう」

「国軍は20年総選挙の結果、NLD主導の政治が今後5年間続くと、軍が独占する権益がさらに狭められる可能性があると判断した。軍は『選挙不正があった』と主張しているが、それはうそだ。日本政府も選挙に不正はなかったと認めている」

「日本政府は新規の政府開発援助(ODA)を停止したが、既存の援助も再考する必要がある。国軍とつながりのある企業への資金を止める必要がある。日本からの外資が国軍に流入し、市民の殺害に使われている可能性が高い。

タンスエ氏は(旧)ビルマの大学で地質学を教えていたが、民主化運動に携わる中、身の危険を感じて1989年に出国。日本にたどりつき、建設業などで働きながら難民申請を続け、2010年に認定された。一方、89年にミャンマー国籍を剥奪されており、今に至るまで国籍がない状態が続いている。

About the author

日比野敏陽(ひびの としあき)
関心を持って取材している分野は環境問題、気候変動、労働問題、原発とエネルギー、メディア産業、地域の伝統文化や医療など。本来は京都と関西を拠点にしているが、現在は東京が拠点。新聞社勤務だが、他媒体にも執筆中。

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