論考全文はこちら  はじめに 本稿[1]は、2011年3月の福島第1原発事故の報道検証として行われた、米軍の準機関紙とされる「スターズアンドストライプス紙」(以下、S&S)の紙面分析を起点にしている。S&Sのアジア・太平洋版を対象として『情報化社会・メディア研究』誌の震災報道検証プロジェクト[2]が2013年に公表した論考を、発災後10年を経て、ある1本のS&S記事について「再検証」を行い、今年6月に同誌に掲載したものだ。いずれも同誌のリポジトリとして公開されている。福島第1原発の事故報道に関しては、これまでにもさまざまな検証が試みられているが、S&Sを対象とした報道内容分析は現時点でも唯一の論考である。当初、S&Sの紙面検証を実施するにあたっては、日本メディアが受けているバイアスとは無関係に報じていたのではないか、という可能性を確認する意図も含まれていた。実際に、日本メディアとは異なるニュースバリューの存在が示唆される結果が得られている。 「再検証」を試みたのは、2011年3月15日の原子炉水素爆発によって発生した放射性プルームが首都圏に到達した際、S&Sが16日付朝刊で、5ミリレム時を検出した。と報じていた記事についてである。5ミリレム時は、国際単位に変換すると5μシーベルト時に相当するが、関東地方においてはいまだ(公式に)検出されたことの無い、高い放射線量だ。この事実関係について新聞記事のほか、NPO団体資料、県議会議事録など公開資料の分析や、取材記者へのヒアリングなどを行って検証した論考である。 背景  放射性プルームはどのように首都圏に到達したのか。時系列を確認してみよう。3月11日午後に発生した東日本大震災によって、太平洋沿岸の原子炉は全て自動停止した。しかし、到達した大津波によって福島第1原発は、建屋地下に設置していた電源が浸水によって使用不能となった。外部電源の接続にも失敗し、炉心冷却が不能になった結果、翌12日16時前に1号機が水素爆発を起こす。さらに14日11時に3号機も水素爆発する。この後も冷却作業はうまく進捗せず、原発事故現場周辺では非常に高い放射線量が測定されるようになる。そして15日早朝、5時から6時にかけて4号機ならびに2号機も水素爆発を起こした。爆発前後に放出された放射性物質は数時間後に東京近隣にまで達した。放射性プルームが都心に到達する可能性については、気象予報などを根拠として、新聞各紙も危険性を指摘し続けていた。 そして実際に、東京周辺各地で、放射線量の急上昇が確認されたのだが、S&Sは、在日米海軍の発表をもとに、神奈川県内の2カ所で5ミリレム時を検出したことを3月16日付の5面トップ記事「米国海軍:低レベル放射能を東京エリアの基地で検出」(Navy: Low-level radiation at Tokyo area bases)として報じた。同記事は東京に到達した放射能の影響について日米の核科学者に取材した内容や、日本政府、東京都などの会見内容にも触れるなど多方面に取材した独自記事であった。そして同記事は「直ちに健康上のリスクは生じない」ので、「屋内に止まっていることが望ましい」という内容を伝えていた。しかし、この朝刊が配達された以降、横田、厚木などの在日米軍基地内住民は、現実の放射能リスクに直面して大混乱に陥った。その後、在日米軍基地内では一連の避難行動に関連してヨウ素剤配布、米国本土などへの避難便の運行、横須賀海軍施設でメンテナンス中だった原子力空母の緊急出港などが相次いで発生し、同紙の原発事故報道トーンも一転して変化した。 再検証の射程①:横須賀海軍施設を取り巻く観測網の存在  S&Sの報じた5ミリレム時を再検証するにあたって、確認するべきだと思われたのは、(在日米海軍の)誰が、どうやって放射線を検出したのかという点と、そもそも日本側は測定していなかったのか、という点についての疑問だ。さらに、この在日米軍情報に、日本政府が接していない(ことになっている?)という不可解さについて、ヒントが得られるだろうか、という予測を立てて、情報収集を進めた。結果として、当初の紙面検証を行った際には不明だったいくつかの点を明らかにすることができた。また、原子力空母ジョージワシントン(GW)を軸とするいくつかのキーワードが得られている。  S&Sが報じていた「東京エリアの基地」の一つが、東京湾に面した在日米海軍の横須賀海軍施設(神奈川県横須賀市)だ。海上自衛隊基地と隣接するこの海軍施設については、原子力空母の母港化に際して、日米政府間ならびに地元自治体との間で協定が結ばれていた。これに基づいて日本側測定網が横須賀海軍施設の外周に整備されており、放射性プルームが到達した当時も24時間体制で放射線量の測定が行われていた。そして、当日も定時(17時メド)のプレス発表が文部科学省から行われていたことが分かった。  資料を付き合わせた結果、日米双方の測定地点は極めて近い位置だったことが推測できたが、しかし、その測定数値は在日米軍のそれとは大きくかけ離れた数値だった。横須賀海軍施設を取り巻く、10基の日本側測定装置はいずれも放射線量の上昇を捉えていたが、放射線量が最大値を記録したのは5時48分。258ナノグレイ(Gy)時が測定されていた。この値をSv単位に換算すると、0.2μシーベルト時に相当する。仮に、S&Sが報じた5ミリレム時をナノグレイ単位に変換した場合は6,250ナノグレイ時に相当する訳だが、あまりにも大きな測定値の違いであると言える。しかし、日本側の測定値が、意図的に小さい数値を公表しようとした訳ではないとみている。これはプレス発表の内容が妥当であった事実が測定データから確かめられたことと、(S&Sの記事が触れていたのだが)放射能プルームは同位体の種類や、気体がガス状になっているかどうかなどの条件で曝露量が変動するという特徴がある。このため、能動的に測定位置を変えるなど、人為的に最大値を捉えようとしなければ得られない数値ではなかったのか、と推定するに止めた。 再検証の射程②:放射性プルームを捉えた核技術部隊の存在  この放射性プルームの放射能を測定したのは在日米海軍のいかなる部隊だったのか、という点については原子力空母がメンテナンス期間に入ると来日する特殊な要員が存在することが分かった。公開情報によると、横須賀海軍施設での原子力空母のメンテナンス受け入れを決めた際、半年以上の長期間にわたって送り込まれる軍属の存在が明らかになっている。これは米ワシントン州のピュージェット・サウンド・シップヤード(海軍造船所)から送り込まれる核技術者で、2010年末のクリスマス休暇でGWが横須賀に接岸して以降、震災当日も作業にあたっていたはずである。戦闘艦艇に搭載する原子炉をメンテナンスする彼らは、核攻撃に対応する訓練も受けていると考えるのが自然だ。自艦の原子炉からの放射線なのか、放射性プルームの影響なのかを見分ける能力が必要だからだ。放射線源を弁別する具体的な装備・能力を持っていることは疑いがない。  5ミリレム時は接岸中のGW艦内で測定したとみられるが、その後、21日13時過ぎに緊急出港してしまった。メンテナンス要員を載せたまま出航した模様でその後、4月20日に帰港するまでの行動はまったく不明だった。今回の再検証にあたって、NPO(ピースデポ、神奈川県横浜市)が調査した航海記録を確認することができた。それによると、出港直後、伊豆諸島近海で原子炉の人為的急停止、再起動直後の全力運転といった極めて実戦的な運転試験を行っていたことが分かっている。当然、前述の核技術者も立ち会っていたはずだ。また、こうした空母の緊急出港については、日本に残されている米国人を空母によって避難させるという、大規模な避難作戦[3]の準備行動であった可能性を先に行ったS&Sの紙面内容分析で指摘している。  在日米海軍としては、測定値については十分な自信を得ていたはずだ。S&S記者に対して、その事実を発表した際、日本政府に対しても一報を入れていると考えるのが妥当ではないのか。原子力空母の母港化に際して、日米双方とも放射能漏れをモニタリングすると共に、通報・公表義務が課せられている。ただし、発災当時は「空母搭載の原子炉」由来の放射能漏れであることが条件となっていた点は確かである。が、放射性プルーム由来の放射能が5μシーベルト時という異常値が測定されたことを日本政府が把握していなかったという根拠にはならないだろう。少なくとも、在日米軍は「トモダチ作戦」と並行して避難作戦を開始していた状況は多くの自衛隊員が目撃している。その理由についてもS&S紙面を毎日、分析している担当者に確認すれば容易に知る事ができたことは事実なのだから。 まとめ 「再検証」を行う際、あらためて当時の日本メディアの報道状況を再確認した。調査期間を広めに設定したところ、朝日新聞の神奈川県版に、発災当時の横須賀海軍施設の状況を詳細に報じていた特集記事[4]を確認できた。在日米軍の緊急体制から通常体制にもどるまでの動きをまとめた記事だったが、国内メディアとしては唯一のものである。取材記者にヒアリングする機会を得て、確認したところ、取材ソースとしてS&S記事のほか、在日米海軍担当官、自治体担当者などにもあたるなど、オープンソースを最大限に活用して執筆された状況の説明があった。この上で、確認しなければならなかった点は、同連載記事中に「低レベルの放射能」という表現に止めていた部分であった。 この点について、再確認したところ、あくまでも編集上の配慮で、難しい表現を避けた、とのことだった。何らかのメディアバイアスによる影響は無かったのだが、同記事が、その後、神奈川県議会での質疑にも引用されていたことを考えると、5μシーベルト時の検出事実は具体的に「数値」を明示するべきではなかったのか、と感じられる。しかしながら、発災後間もないタイミングでS&Sの同じ記事に着目して取材が行われていたという事実と、その後の「再検証」で浮き彫りになった疑問点が繋いだ接点は今後、重要な意味を持つ可能性もあるだろう。 [1] 「在日米海軍が検出した5μシーベルト時についての再検証 Stars and Strips 紙の原発事故報道内容分析を振り返る」『情報化社会・メディア研究』(放送大学情報化社会研究会、第17巻、2021年6月発行)。同誌のリポジトリを参照 [2] 「原発事故を米軍“準機関紙”はどう伝えたか Stars and Stripes紙の報道内容分析から」同上、(同、第9巻、2013年3月発行)。2011年3月から6月までの間、S&S紙の原発事故関連記事76本を対象に内容分析を行ったもの。同誌のリポジトリを参照 [3] 6.6章、「自主避難」に隠された大規模作戦についての検証(同上、2013年)。USNORTHCOM(アメリカ北方軍)によって発災直後に行われた避難作戦「オペレーション・パシフィック・パッセージ」。最大86000人が避難対象になるとみられ、空母を避難船として使用することも想定されていた可能性を指摘した。[4] 3章、“低レベルの放射性物質”を報じていた朝日新聞(同上、2021年)、「基地の街 3.11 原子力空母配備から3年」(朝日新聞神奈川県版、2011年9月26〜28日付、上中下の3連載。矢吹孝文記者)  …

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About the author

専門紙記者、ジャーナリスト、日本大学大学院新聞学専攻博士課程満期取得退学
Specialty paper Staff Writer, journalist, Nihon University Graduate School of Journalism and Media Doctoral course Major Completed withdrawal.

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