新型コロナウイルスの感染拡大でかつての日常が激変し、女性たちが労働現場だけでなく家庭からも追いやられる事態が起きている―。夫から急な離婚を切り出されて行き場を失う女性からの相談が増えているというのだ。 女性の支援活動を15年以上続ける「一般社団法人エープラス」の吉祥眞佐緒代表理事は話す。「相談でうちにたどり着く女性の多くは、家計補助のためパートの仕事に就いていた人たち。緊急事態宣言やまん延防止措置の影響で、職場の事業が縮小し、収入が減ったり解雇されています」 DV防止法(配偶者からの暴力の防止及び被害者の保護に関する法律)が施行されて20年。ようやく、あからさま身体的暴力は減少傾向に転じ、殴る蹴るといった行為や声を荒らげて人格を否定する行為はDVに当たるという認識が根付いた。「しかしコロナ禍では、経済的暴力や極度な家計圧迫による配偶者間の問題が急増しているのです」(吉祥さん) 些細な理由も離婚に発展 新型コロナの世界的流行で配偶者からの暴力(ドメスティック・バイオレンス)が増加したことは、国連の調査でも世界的な問題として指摘されている。日本では2020年4月からの1年でDV相談は1.6倍に増えた(内閣府調査)。「配偶者暴力相談支援センター」や24時間電話とメールを受け付ける「DV相談プラス」には毎月1万5000件超の相談が来る。 ある女性は、家族が家にいる時間が増えた結果、ストレスをぶつけ合い、家から追い出された。吉祥さんは「家族が一緒にいる時間が増え、かつ収入が減った場合、ストレスが強くかかるのはたいてい女性のほうです」と説明する。 厳しくなった家計の管理や子どもが騒いだ時の世話は、ほとんど妻に課せられる。妻の不満は夫に向き、「帰宅時には手を洗って」とコロナ禍ならではの注意を夫にしたところ、夫の我慢が限界に達して…といういきさつだ。 夫の在宅がストレス コロナ前は、夫と考え方や子どもの教育方針が多少違っても、共有する時間が少なかったため、それほど気にはならなかった。夜遅く帰宅する夫との会話も限られ、食卓を囲むときだけで済んだ。真面目に働いて家族に収入をもたらしてくれるならと、週末を乗り切る形で結婚生活を続けてこられた。ところが夫がリモートワークになり長時間家にいるようになると、「多少」の違いを容認できなくなり、些細なことでも修復不能の家庭不和に発展する。 ある夫は、妻の小言を1年以上聞き続け、「俺は一生懸命働いているのになんなんだ。もう耐えられない」と気詰まりを訴え、妻にはもう自分の金を使わせないと離婚を迫った。住宅ローンを払っている夫にとって家は自分の所有物という意識があり、収入が激減して自宅を売却することを決めると、「子どもを置いて1週間以内に荷物をまとめて出て行け」と妻に迫る―。この1年で増えている妻追い出しのケースはこれだ。 photo credit: Ellie Heartravel under CC BY-SA 2.0 家計を出し渋る夫 女性にフルタイムの収入や貯蓄があれば早い決断ができる。1週間あれば新しい部屋を見つけ、離婚の手続きに合意する。 離婚は被害を受けた側からでないと申し立てができない。そのため、まずはどちらが有責配偶者(離婚に至ることになった責任がある側)かを判定しなければならず、証明しにくい経済的DVでは、夫婦が共に「我こそ被害者」と主張するため長引くことが多い。それに、日本の裁判は精神的苦痛の補償水準が低く、慰謝料を勝ち取れたとしても弁護士費用や裁判費用に消えてしまう。 吉祥さんのもとに来る女性には、夫が経済的DVをして妻の美容院代や化粧・被服費を出し渋ったり生活費に十分に渡さなかったりするため、低賃金であってもパートで収入を得なければならない事情がある。 妻は仕事を休職でなく自己都合退職 こうした女性たちは、コロナ禍で子どもの学校や幼稚園が休校(や休園)した際、理解ある事業主が休職を認めたとしても、「会社に迷惑がかかる」と自己都合で退職してしまう。仕事も収入もなくなった分、関心は子どもに注がれる。彼女たちが受けるストレスもそのまま子どもに向き、夫の無理解がそれに輪をかける。そして子どもや夫も在宅の長時間化でストレスを抱えていく。 ある女性は、夏休みにゲームばかりしている子どもの学力低下を心配し、ゲームの時間を1日40分に制限した。子どもの成績や態度が悪いのは「母親のしつけのせい」と指摘されることが多いため、女性は次第に過干渉に。いつもは育児に無関心の夫は、女性が子どもと口論になる時だけ介入し、「お母さんは意地悪。お父さんと暮らせばゲームはやりたい放題だから離婚したらお父さんについておいで」と子どもの味方を装った。 子どもさえ見下してくる さらに、彼女に経済力がないことを引き合いに出して、「お母さんと暮らすのなら安アパートで大学にも進学できない」と子どもに耳打ちしていた。そのため、子どもはだんだん母親を軽蔑し、言い合いになると決まって「家を出て行け」と彼女に迫るなどした。 実際には、父親が養育費を払えば離婚時に女性側の経済力が乏しくても、子どもの学費や生活費を心配しなくてよいはずだ。ただし長年DVに悩まされてきた女性は、自分の無力さを日々植えつけられ、境遇を受け入れてしまうことが多いのだ。 ある女性は、帰宅すると鍵を変えられていた。「この家はローンを払っている自分の所有地。出ていかなければ不法侵入罪で訴えるぞ」という夫からの携帯メッセージに脅え、警察に通報されたり逮捕されるのではと怖がって着の身着のまま駆け込んできたという。 経済力のある女性だと、たとえ鍵が変えてあっても、自分で鍵屋を呼んで開錠してもらったり、別の鍵に付け替えることも。だが行動に移せる女性は多くない。 悔やむのは女性の側 家を追われる女性たちは「もう少し優しく接していればよかった」「もう少し夫の機嫌をとっていればよかった」と悔やむ。DV支配下に置かれると女性が自責の念を感じ、自分のせいとあれこれ思い悩む。 「結婚生活が長ければ長いほど、DV夫から『お前が悪い』と言われた期間が長く、自分の親からも同様の言葉を投げつけられて育った女性にとっては、自己を尊重し肯定することが難しい」(吉祥さん) こうした被害経験から、子どもの学校や幼稚園が休校した際、職場に休職を申請したり雇用主にシフト調整を申し出たる力は出てこない。労働組合とも無縁で法的知識もない孤立しがちなパート女性は自主退職してしまう傾向が強い。 女性に自己尊重の場が必要 家を追われ、経済力もない女性たちは途方に暮れる。これまでのようにママ友に会って子育ての悩みを相談できたり、他の家庭を参考にできていれば、結果は違ったかもしれない。取り返しがつかなくなった時点で、「もっと早く誰かに子育てのことを相談できていたら」「誰かに話を聞いてもらえていたら」と彼女たちは後悔を口にする。 「女性たちに必要なのは、ストレス発散の場や自分の子育て方法について意見を言い合える場です。大事なことは、そこで彼女たちが責められず、自己を肯定して周りに受容され、安心して相談ができ、それが共感をもって共有されること。それがあって初めて女性の意思表示や意思決定力を養うことができるのです」と吉祥さんは力を込める。 DV相談プラス https://soudanplus.jp/  0120-279-889 (24時間フリーダイヤル) 論考全文はこちら: https://friday.kodansha.co.jp/article/203680?fbclid=IwAR296ZcbJxCz9lqtx-udpDzZebE_WW1dAf85GaOJk2U3NpK6aPfVU119AIo…

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About the author

松元 千枝(まつもと ちえ)
ジャーナリスト、法政大学法学部メディア分析非常勤講師、東京大学大学院情報学環学術支援員。インターナショナル・ヘラルド・トリビューン/朝日新聞で英字記者、dpaドイツ通信社で東京特派員として勤務したのち、『労働情報』で編集人を務めた。共著に『マスコミ・セクハラ白書』(文藝春秋 2020年)、『マンガでわかるブラック企業』(合同出版 2013年)など、共同翻訳には「世界を動かす変革の力 ブラック・ライブズ・マター共同代表からのメッセージ」(明石書店 2020年)、『ストする中国』(彩流社 2018年)がある。

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